村崎太郎氏の生い立ちや再婚のデマが多い!?真相は?

 


今回情熱大陸で懐かしい方が登場するようです。

30代後半からはよく知る人もいるのではないかと思いますが反省猿で一世を風靡した村崎太郎氏です。

調べてみたら、違うことが上位に表示されていたので、デマというのは誇張しすぎかもしれないですが、自分なりに真相を調査してみたいと思います。

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プロフィール

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生年月日:1961年3月10日
出身:山口県光市
職業:猿まわし師
所属:株式会社太郎倶楽部株式会社タイタン

ご自身で会社の代表もされていますが、マネジメント業務をタイタンへ委託しているところもあるようですね。

生い立ち

生い立ちを調べてみると小さいころは「じいちゃんが建設会社の社長&猿回しの親方を営んでおり裕福であった」と紹介しているブログがありましたが、裕福だったわけではないと思います。

おそらくソースはwikiではないかと思うのですが、よく読んでみると

幼いころ裕福であったのは父親の義正氏で、この義正氏の祖父である梅二郎氏。

その梅次郎氏がなくなったのが1948年。

梅次郎氏がなくなったあと遺産争いなどで一家は没落し、義正氏が苦労して一家を養ったとありました。

また、次のようなインタビュー記事もありました。

小学1年のころには敏感にいろんなことを感じていましたね。たとえばぼくだけランドセルも靴も服も兄のお下がりで、友だちから「村﨑はビンボーやからのぉ」とからかわれてました。(出典:BeFlat

このことから、苦労した幼少期ではないかと思われます。

再婚について

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こちらは現在の奥さんでTVプロデューサーの栗原美和子さんと離婚した事実がないので再婚がないという紹介がされていましたが、残念ながら現在の奥さんが再婚でした。しかも3度目の結婚です。

人間関係では試練の連続だった。21歳で結婚するも27歳で離婚。背景には部落差別があったと感じている。さらに28歳で父が他界、兄弟間で後継をめぐるいさかいが起こる。孤独に耐えられず決断した2度目の結婚はすぐにうまくいかなくなった。(出典:BeFlat

確かに公式のサイトには現在の奥さんと結婚したという記載以外はありませんでしたので、それを元にしたのかもしれませんね。

感想

村崎さん一家は人間関係には本当に苦労をされている方のようです。

父親の勝正さんもそうですが、太郎さん自身も父親が1990年に他界した後、後継者争いがおこりまたしても兄弟と対立することになります。(参考:周防猿まわしの会

こういったいさかいについては言い分はそれぞれなのでコメントは控えたいと思いますが、太郎さんが廃れかけていた「猿まわし」を復興させてきたのも事実。

解散していた「日光猿軍団」を「日光さる軍団」として、引き受けることになったようです。

番組で紹介されると思いますが、「次郎おさるランド」の同じ轍を踏むことがないよう頑張ってほしいですね。

 

今回はホントは別路線で書いていこうと思ったのですが調べると間違った情報も多い。

そこで急遽路線を変更しました。私もそうなのですが、こういったブログを運営しているとネタがかぶります。

その中でより正確な情報を伝えないといけないなと感じた件でした。。


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