下重暁子の毒舌がひどい!?結婚や子供は?垣間見える意外な一面が!

 


TVを見ていたらスゴイ毒を吐くおば様が。。

少し紹介すると

・家族写真の年賀状は幸せの押し売り。

・ご主人は?との問いに「主人」という言葉は相手が上である物言いだと一喝。「つれあい」という表現をさせる。

などなど激しい論調w

どんなかたか気になり調べてみました。

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プロフィール

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生年月日:1936年5月29日 –
生まれ:栃木県宇都宮市

9歳の時に疎開先の奈良で終戦を迎える[1]。1959年、早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。名古屋勤務を経て東京に戻り、人気アナウンサーとなった。1968年にフリーとなり、『長谷川肇モーニングショー』(NETテレビ)等のキャスターを経て、文筆活動に入る。(wiki

書籍で「家族という病」というのが30万部を超えるHIT作になっていると言います。

なぜ、そこまで嫌悪しているのでしょうか。

生い立ち

下重さんは9歳で戦後を迎えられています。

戦時中は憧れだった父親が戦後に免職となりそれまでの毅然とした態度もなくなり偶像が地に落ちてしまったと感じ幻滅したとか。

また、そういった父親に従っている母親のことも理解できなかったとおっしゃっています。

そう思っていたにもかかわらず、父親の優しさもつらかったとおっしゃっています。

そういった経験からか、「正直に向き合えば親子は対立せざるを得ず、見栄で取り繕った家族よりはバラバラで仲の悪い家族の方がずっと正直でよい」とおっしゃっています。

家族

結婚は先に述べたようにされていますが、お子さんの情報はあいにくありませんでした。

結婚も報告だけということで特に披露宴などをしたりはされなかったようです。

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適切な距離関係

テレビで見たときには、料理は連れ合い(ご主人)まかせ。

など、鬼嫁的要素が満載でしたので自分としてはちょっときつい印象でした。

しかしながら調べてみたところ、ごもっともという意見も多いです。

「家族はどうあるべきという画一的な考え方に支配されるのが問題で、それぞれの在り方があればよいのではないか。」と提案されているんですね。

TVでは面白おかしくしなきゃいけない!?ので、きつい部分も多かったですが、大変興味を持たされました。

意外な一面

なんでも相撲観戦が大好きなようで、その中でも「豊ノ島関」の大ファンだとか。

番組では本人登場でとても喜んでいらしたのが印象的w

感想

やっぱ戦後の女性が軽視されていた時代を生き抜いてきた彼女がおっしゃる意見は重いですね。

私の祖母などもそうでしたが、なにかこうあるべきという考えに対して疑問を抱くということがなかなかできない世代。

そういったなかで、このような意見を持たれるところは革新的だなと感じました。

ただ、自分的にはおっしゃることはごもっともだけれども、行き過ぎに感じたところも否めないかなと。

今度書籍を買って読んでみたいと思います☆


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